戦争勃発

平和の祭典をぶち壊すようにグルジアの南オセチアで戦争が勃発、世界のニュースはオリンピックどころではなくなったようだ。はじめはロシアがグルジアに戦争をしかけたのかと思ったが、どうやらグルジアがオセチアにいたロシア軍を攻撃したようだ。前々から緊張状態が続いていたとはいえ、よりによってタイミングが悪すぎる。そう考えると、あえてオリンピックにぶつけたのかもしれない。とすれば、これを演出したのは誰だろう。

28週後... (特別編)

DVDで映画『28週後…』(イギリス、07年公開作品)を鑑賞。ゾンビ映画『28日後…』の続編で、監督はファン・カルロス・フレナディージョ、出演はロバート・カーライルなど(前作の監督であるダニー・ボイルは今回は製作総指揮となっている)。さて、「ゾンビ映画」と書いたが、正確にいえば“ゾンビ”は登場しない。映画に出てくる「ゾンビ」といえば、ジョージ・ロメロの作品に出てくる「生ける屍」が原型だが、本作に出てくるのはゾンビのようだが、あくまで生きた人間なのだ。だから銃で撃たれれば死ぬし、餓死もする。あと違うのは、すげー走る! これまでたくさんのゾンビ映画を観てきたから、恐いと思うことはもうないと思っていたが、オープニングでは久しぶりにドキドキした。めまぐるしく切り替わるカットと、インダストリアルな音楽、そして――走るゾンビ。最初の数分間を、3回もリピートしてしまった。ゾンビ映画でかつでこれほどクールなオープニングがあっただろうか。だけど、クールなのはオープニングだけじゃなかったのだ。僕はこの作品を「好きなゾンビ映画」のベスト3に入れたいと思う。ストーリーは(以下、ネタバレ注意)、感染すると凶暴化する「RAGEウィルス」で壊滅したイギリスの28週後を描いている。感染者(ゾンビのように凶暴化してしまった者たち)は死滅し、安全宣言の出されたロンドンでは、アメリカ軍によって復興が進んでいた。久しぶりに国に戻ってきたある姉弟は、感染者によって殺されたという母親の写真を取りに、保護地区を抜け出して家に戻るが、母親はまだ生きていた。軍の医療施設で検査した結果、この母親には抗体があり、症状が出ていないだけで感染していることが判明。それを知らない父親が接触してしまい、ふたたび感染が爆発的に広がる――。さて、これだけなら凡庸なパニック映画だが、この作品の素晴らしいところは、ゾンビ映画のくせに――といっちゃ失礼だが、非常に示唆的なところだ。まず、アメリカ軍が復興を進めているというところは、イラク戦争を思い起こさせる。感染者が発生し、はじめアメリカ軍はライフル銃で感染者のみを狙い撃ちしていたが、だんだんと感染が広がるにつれて特定が不可能になり、ええい、片っ端から撃て!――と命令が下されるあたりは、ゲリラ戦における民間人の巻き添えを想起させるし、最後には町ごと焼き尽くそうとするところなんかは、まるで原爆投下のようだ。さらに、映画の悲劇的なラストは、こういうアメリカの軍事行動がどういう結果をもたらすか――までを描いている。この作品に続く、3部作の完結編として『28月後…』の制作が予定されているらしいが、どういう結末を迎えるのか、とても楽しみだ。刺激的なシーンがたくさんあるのでゾンビ映画に慣れていない人にはキツいかもしれないが、激しくおすすめ。
◆公式サイト(ショッキング注意) http://www.foxinternational.com/28weekslater/

上野の朝

せっかく上野に来たんだし――と、午前中にやろうと思っていたことを昨夜のうちに終わらせ、空いた時間に東京都美術館の「フェルメール展~光の天才画家とデルフトの巨匠たち」と東京国立博物館の「対決―巨匠たちの日本美術」を観てきた。フェルメール――で思い浮かぶ作品は“有名なアレ”くらいしかなかったんだけど、あ、これもフェルメールか、これもフェルメールかと。だけど“有名なアレ”がない。出展されてないだけかと思って図録も見たんだけど、どうやら、フェルメールじゃないらしいのだ。これにはかなりショックを受けた。じゃあアレはいったい誰の作品なのだろう。さてもうひとつの「対決」は、とにかく興奮しっぱなしだった。日本美術を代表するような作品をこれだけまとめて観たのははじめて。資料によると「国宝10余件、重要文化財約40件」もあるそうな。よくもまあ、これだけの作品を集めたもんだ。展示されているのは、運慶vs快慶、雪舟vs雪村、永徳vs等伯、光悦vs長次郎、宗達vs光琳、仁清vs乾山、円空vs木食、大雅vs蕪村、若冲vs蕭白、応挙vs芦雪、歌麿vs写楽、鉄斎vs大観――の12番勝負。対決はそれぞれおもしろかったんだけど、単品で目を奪われたのは曽我蕭白の《群仙図屏風》で、雑誌かなんかで見たことはあったんだけど、これほどグロテスクだとは思わなかった。あとはベタだけど狩野永徳の《花鳥図襖》とか伊藤若冲の《仙人掌群鶏図襖》とか。宗達と光琳の「風神雷神」対決が会期の都合上見られなかったのは残念だったけど、それでも思った以上にたくさんの作品が見られて大満足。あと、現代作家の山口晃がこの展覧会のために巨匠たちの肖像画を描いたんだけど、これがまたすごくいい。というか、この肖像画がなかったら、印象はずいぶんと変わったかもしれない。この仕事をキュレーターが山口に依頼し、山口が引き受けた時点で、この展覧会は半ば成功したようなものだ。いい展覧会を見せてもらった。これを観るためだけに東京に行く価値はじゅうぶんにある。
◆「フェルメール展~光の天才画家とデルフトの巨匠たち」公式サイト(TBS) http://www.tbs.co.jp/vermeer/
◆特別展「対決-巨匠たちの日本美術」公式サイト(朝日新聞社) http://www.asahi.com/kokka/

地球風船

うちの近くに業務用の梱包材屋さんがあります。梱包材の他にも今だと業務用カキ氷のカップとか、金魚すくいのすくうやつとか、わくわくするものが沢山売っています。時々袋を買いにそこに行くのですが、先日姪っ子を連れてそこに行った時に風船をねだられたので風船コーナーに行くと、一番人気のスマイル風船の隣に地球風船というのがありました。その海の青い色がすごく綺麗だったので、その風船を買って帰り姪っ子と1つずつふくらませると、割と忠実に地球になりました。各大陸の形も結構リアルで、その風船を見ながら姪っ子と二人で「本当に海は広いねえ。海ばっかりだねえ。」と話しました。深い青い色の海に緑の大陸が書かれていてとてもきれいで、私的には大ヒットです。50個くらい膨らませて部屋中いっぱいにしてみたい感じです。もちろんできませんが。エコなイベントなんかがあった際は是非配るといい!と思いました。

上野の夜

今日と明日は東京出張。今回のホテルはいつもの池袋とは違って上野だったので、打ち合わせが早く終わったら美術館に行こうと思っていたんだけど、まったく間に合わなかった。調べたら渋谷でトリヴィアムのライヴがあったんだけど、チケットはずいぶん前に完売したらしい。そこらへんのライヴハウスを覗いてみるのも面倒くさく、結局、本屋に行っただけだった。

ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112)

堤未果『ルポ貧困大国アメリカ』(岩波新書、08年)を読了。アメリカって国は軍事力やドルにモノをいわせて戦争を行い――みたいな批判はよくするけれど、これって半分やっかみみたいなところがあって、なんだかんだいってもアメリカは自由と平等の国だし、とにかくすごい――というのが、一般的かどうかは解らないけれど、少なくとも僕の本音だった。だけど、本書が伝えるこのアメリカはなんだ。あまりに酷い現実を知り、僕はすっかり絶望してしまった。たとえば、アメリカでは子供の肥満が問題になっていることは知っていたが、それは裕福だからではなく、まったく逆で、貧しいからだという現実、アメリカでは多くの人が医療保険に入れず、いったん重い病気にかかったら高額な医療費で破産してしまうという現実、学費を払えない高校生が大学に行きたいがために軍に入隊し、帰還後はPTSDになり、職にも就けず、さらに貧しい生活を余儀なくされるという現実、アメリカは世界中の貧困層から戦場での労働者をかき集め、タダ同然で働かせているという現実――。パメラという人物はアメリカの戦争について次のように語る。

もはや徴兵制など必要ないのです。政府は格差を拡大する政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから。ある者は兵士として、またある者は戦争請負会社の派遣社員として、巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えてくれるのです。大企業は潤い、政府の中枢にいる人間たちをその資金力でバックアップする。これは国境を超えた巨大なビジネスなのです。

ただ、本書だけを読むと、アメリカはとにかく戦争がしたくて、そのために市場原理を利用して格差を拡大させ、貧困層が戦場に行かざるをえない状況を作り出している――という、陰謀論めいたストーリーを描いてしまいがちだけど、実際はそんなに分かりやすい話ではないだろう。もしそうなら、大統領はじめ政府が改心しさえすれば、アメリカの貧困はなくなり、戦争もしなくなることになる。こうなってしまったのは、あくまで結果なのだ。はじめは良かれと思ってやったことが、このような現実を招いてしまった。ではなにがダメだったのか。どうすれば良かったのか。戦後、アメリカを手本としてやってきた日本が、このような現実を直視し、反面教師にすることかできるかどうか、いままさに、岐路に立っているのではないだろうか。

右も左も上も下も

今日のネットの話題といえば、なんといってもGoogleのストリートビューが日本でもスタートしたというニュースだろう。いまのところ関東、関西、仙台、札幌、函館で利用できる。すごいはすごいんだけど、問題はどのように活用するかだろう。すごいなあ――と遊ぶにはすごすぎる。

漫画が語る明治 (講談社学術文庫)

清水勲『漫画が語る明治』(講談社学術文庫、05年)を読了。明治時代に描かれた漫画から、変わりゆく庶民の暮らしや文化、政治などを読み解いていく。おもしろかったのは政治家を描いた風刺画で、ああこの人は当時はこういうふうに見られていたのか――と、認識を新たにした。あと、本筋ではないんだけど、気になったのはつぎのくだりだ。

国民の大半が下流階級で占められていた明治時代は活力があった。それは下流の生活があまりにも厳しいので、そこから脱却したいというエネルギーに満ちていたのである。

本書は1980年に出版された『明治まんが遊覧船』(文芸春秋)が元になっているのだが、80年といえば高度経済成長の真っ只中で、これからバブル景気がはじまるというころだ。「一億総中流」といわれ、人々は豊かな生活を謳歌していた。だけど著者は、貧しかったはずの明治を「現在よりも活気があった」と捉える。それは下流から「脱却したいというエネルギー」だ。さて、現在は「下流社会」といわれる。パートタイマーやフリーター、ニート、派遣労働者や日雇い労働者など、いわゆる「プレカリアート」と呼ばれる人たちの存在が社会問題化し、「一億総中流」だなんて思っている人はいなくなった。そういう意味では、「国民の大半が下流階級で占められていた明治時代」とあまり変わらないのかもしれない。だけど、明治と同じような活気はあるだろうか。「脱却したいというエネルギーに満ちて」いるだろうか。政府が悪い、公務員はズルい、税金を安くしろ、生活を保障しろ、年金を返せ、最低賃金を上げろ、金をくれ――。明治時代の「活気」はこういうものではなかったはずだ。もちろん、政府や社会に問題があることは間違いないし、プレカリアートたちが頑張りもせずに文句ばっかり言っているとは思わない。時代も環境も状況も違うのだから、比べること自体がナンセンスかもしれない。だけど、いまの僕らが明治に学ぶことはあるのではないだろうか。

ペンは剣よりも

ロシアの作家――アレクサンドル・ソルジェニーツィン氏が亡くなられたそうだ。昨日、DVDで『アメリカン・ラプソディ』を観たのはまったくの偶然にすぎないが、訃報を見たときにはドキリとしてしまった。不勉強のため著作を読んだことはないんだけど、「ペンは剣よりも強し」を体現した戦う作家だったことくらいなら知っている。いま「戦う作家」といえば誰だろう――と考えて、まっ先に思い浮かんだのはマイケル・ムーアだった。あまり期待できそうにない。

スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学

吉本佳生『スタバではグランデを買え!』(ダイヤモンド社、07年)を読了。タイトルはこうだが、スタバの攻略本ではない。身の回りにある価格の“なぜ”を探りながら、「価格差別」や「比較優位」など、使える経済学の基本を学ぶという内容。表題になっているスタバの例では、ショートとグランデでは容量は2倍も違うのに、価格差は100円なのはなぜか、しかもどの飲み物でも一律に100円なのかはなぜか――ということを、原材料費と取引コストから説明する。とても解りやすく、おもしろかった。おすすめ。

奇想天外なドラマーたち

定例のスタジオ練習。今日は高西ボーカル夫妻がお休みで、熊崎さんも島田さんもトラブルで遅れたため、1時間くらいずっとひとりぼっちだった。ドラマーはスタジオに入るとまずセッティングをするわけだけど、いつも使っているこのスタジオでは、これにとても時間を取られてしまう。前に使った人のセッティングが無茶苦茶なのだ。もちろん、ドラマーはみんなそれぞれ独自のセッティングがあって、シンバルの角度や、タムの位置、ハイハットの高さなど、同じではないんだけど、そういう範囲を大きく超えている。こんなセッティングでどうやって叩くんだ?――と。 試しに叩いてみたりするんだけど、とても叩けたもんじゃない。で、不思議なのは、「前に使った人」は毎回同じ人というわけでもなく、無茶苦茶なセッティングも、同じように無茶苦茶なのではなく、毎回違う無茶苦茶なのだ。なんだこのタムの並びは!なんだこのハイハットの高さは!なんだこの低いフロアタムは!――みたいな。いったいこのスタジオは、どんな人たちが利用しているのだろうか。てか、セッティングを変えたら戻してくれよ。

アメリカン・ラプソディ

DVDで映画『アメリカン・ラプソディ』(アメリカ、01年公開作品)を鑑賞。監督はエヴァ・ガルドス、出演はスカーレット・ヨハンソン、ナスターシャ・キンスキー、トニー・ゴールドウィンなど。ライトなラブストーリーだろうと勝手に思って観はじめたら全然違った。物語は第2次大戦中のハンガリーで幕を開ける。ある家族が共産化が進む祖国を捨てアメリカに亡命するが、トラブルがあり、女の子の赤ん坊はハンガリーに残されてしまった。家族はアメリカ政府に働きかけ、なんとかアメリカに呼ぼうとするが、うまくいかない。その間、女の子はハンガリーの里親に育てられ、ようやく渡米が叶ったのは6歳になるころだった。アメリカで一緒に暮らしはじめた家族だったが、母親と少女との間には深い溝ができてしまい、うまくいかない。そして少女が16歳になったころ、ハンガリーに行って自分を育ててくれた里親に会うことを決意する――。この話は実話が元になっており、このハンガリーに残された少女のモデルが、監督を努めたエヴァ・ガルドスなんだとか。ハンガリーとアメリカ、ふたつの国に引き裂かれた少女の葛藤を、スカーレット・ヨハンソンが好演している。ナスターシャ・キンスキーの張り詰めた母親役もすばらしい。いまNHKでやっている連続テレビ小説『瞳』も里子をテーマにしているが、脚本を書いたバカはこの作品を見て反省してはどうか。

かわいい。

本当に本当に久々の日記です。いやー、色々なんだかんだと忙しくて。反省しきりです。
先日から姉の子供が一人で遊びに来ています。まだ小学校の低学年なので元気で素直なさかりです。一人で飛行機にのって遊びにきているのですが、なんといってもこっちは自営業で日中は仕事が忙しく休みなんてとれないためなかなか相手をしてあげることができません。でも逆に自営業なのでその子は私の働く事務所で一緒に仕事を手伝ってくれたりしています。カードの枚数を数えるとか、輪ゴムを1本ずつ渡してくれるとか。子供がそもそもそんなに好きではない私ですが、やっぱり自分の姪っ子はかわいいもんです。だって私のこと好きみたいだし。でへへ。こないだも事務所で私が仕事をして姪っ子がそれを見ていた時のことです。夜10時になったので「もう寝ないとだめだよ」というと「眠たくない」というわけですよ。で、「じゃあお布団に入って、羊が一匹、羊が二匹って羊が1500匹まで数えても眠れなかったらもっかい事務所に来てもいいよ」というと「じゃあ1500匹まで数えて戻ってくる」と意気揚々とお布団の部屋に行くのです。ほんとに1500まで数えるつもりかしら、と少し時間をおいてこっそり部屋を見に行くと、暗い中でお布団の中から「羊が39匹、羊が40匹」と声が聞こえるのです。いやあかわいいなぁと思ってしばらく聞いていると、どうやら少しずつ眠たくなってきたようで「羊が68匹、羊が69匹、羊が69匹、羊が69匹・・・」エンドレスに69匹を繰り返しはじめました。かわいい。ずっと69匹なのでこれは1500匹には到達しないな、ということで事務所に戻ったのですが、結局何匹までいったのか気になるところです。子供はこれくらいまでがかわいいんだよなぁ。いつまでもこの純粋さを忘れないでいて欲しい!と、忘れてしまった自分を棚に上げてそう思うのです。

プレイボーイがいなくなったら

PLAYBOY (プレイボーイ) 日本版 2008年 09月号 [雑誌]

月刊「PLAYBOY(日本版)」(集英社)が今年11月に発売の「1月号」を最後に休刊するそうだ。発行部数の低迷が理由らしいが、報道ではここ数年の販売部数は5万5千部となっていた。この数字を見て、あ、けっこう売れてたんだ――と思った人は少なくないんじゃないだろうか。たとえば「文芸春秋」の60万部に比べればかなり少ないし、「日経エンタテイメント!」の10万部や「BRUTUS」の8万部に比べても負けているが、「中央公論」の4万部や「論座」の2万部に比べれば多い。ただ「PLAYBOY」の場合は本家にロイヤリティを払わなくちゃいけないから、それが大きかったのかな。だけど僕もそうだけど、「PLAYBOY」の読者は、プレイメイトが目当てじゃなく、充実した特集が読みたいわけで、それなら本家と契約を切って、新しい雑誌として同じようなものを出してくれないだろうか。今月の特集「詩は世界を裸にする」も良かった。有名な詩人15人をピックアップ、それぞれの代表作を1編ずつ載せ、解説するというもの。選ばれているのはアルチュール・ランボー、シャルル・ピエール・ボードレール、ジャン・コクトー、アレン・ギンズバーグ、ゲーリー・スナイダー、ジャック・ケルアック、E.E.カミングズ、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、パブロ・ネルーダ、オクタビオ・パス、ヘルマン・ヘッセ、中原中也、寺山修司、田村隆一、金子光晴の15人。どうしてあの人が入っていなくて、この人が入っているわけ?――というのはさておき、ギンズバーグとかケルアックとか、名前は知っていても作品は知らないという人もいて、とても勉強になったし、写真で顔を見ることができたのもよかった。前月号はジャズの特集でスルーしたんだけど、前々月号の特集は「チェ・ゲバラ、ぶれない男」、その前は「世界を変えた50枚の写真」。こういう特集をやってくれる雑誌ってほかにないから、ぜひ、なんらかの形で継承してほしい。

福田改造内閣はこうなった

福田改造内閣の顔ぶれが明らかになったが、予想は大ハズレ。まさか麻生太郎氏がこのタイミングで幹事長というポストを引き受けるとは思わなかったし、良い仕事をしたはずの渡辺喜美氏や石破茂氏が再任されなかったのも意外なら、小池百合子氏や猪口邦子氏が選ばれず、野田聖子氏が入閣したことにいたってはギャグかと思った。大きな改造となったにもかかわらず地味に思えるのは、派閥というフレームの中で席替えをしただけのような印象を与えるからだろう。ただ、これでこの内閣の方向性はハッキリした。政局的にいえば「脱小泉」で、経済政策的にいえば「財政再建」だ。となると、次の総選挙で自民党が勝った場合、間違いなく消費税増税に向けて大きく動き出すことになる。さて、蚊帳の外におかれた小泉一派――中川秀直氏や竹中平蔵氏、小池百合子氏などは、今後、どのような行動をとるのだろうか。

写真で見る 100年前の日本〈1〉暮らし (100年前シリーズ)

渡辺真理子『写真で見る 100年前の日本〈1〉暮らし (100年前シリーズ) 』(マール社、96年)を読了。「100年前ってまだこんなことしてたの!?」あるいは「100年前ってもうこんなのあったの!?」みたいなサプライズを期待していたんだけど、想像の範囲内だった。変わったのは間違いないんだけど、しょせん日本なのだ。もしも200年前や300年前の風景を見たとしても、たいして驚かないのではないか。であれば、500年前だろうが1000年前だろうが驚かないだろう。それは古い資料や時代劇などで見ているからではなく、同じ日本だから――なのだと思う。