継承と変奏

東京出張前半。クライアントとの打ち合わせのまえに上野の東京国立博物館でやっている『大琳派展―継承と変奏―』を見てきた。今年は尾形光琳が生まれてから350年目にあたるそうで、これはそれを記念して――というのはかなり無理矢理な感じだけど、琳派を代表する本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、尾形乾山、尾形乾山、酒井抱一、鈴木其一の6人の作品をずらーっと並べ、その「継承と変奏」を見てみよう――という大がかりな展覧会。見たい作品はたくさんあったんだけど、とくに見たかったのは俵屋宗達の「風神雷神図屏風」。2か月ほどまえ、同じく東京国立博物館で見た『対決―巨匠たちの日本美術』では会期の都合で宗達と光琳の「風神雷神」対決が見られなかったから、今度こそ見てやるぞと。で、あんまり時間がなかったこともあって、本阿弥光悦はあまり興味がなかったのでスルーして、とりあえず「風神雷神図」のところへ直行したんだけど――、ない――、ない――、宗達のがない! 慌てて出品目録を確認したら、10月28日からと書いてある。おいおい、そりゃないだろ、これがなかったらこの展覧会は成立しないだろ。しかも目録をよく見ると、今日は光琳の「紅白梅図屏風」も出ていない。まあ、いろいろ事情があるんだろうけど、がっかりした人はたくさんいるんじゃないかね。その代わり――というとアレだけど、酒井抱一の「紅白梅図屏風」は、まったく知らない作品だったけど、パッと見で心を打たれた。今日はこれが見られただけで満足――というくらい良い作品だった。琳派は好きな作品がたくさんあるんだけど、これまで見たなかではこれがベスト。この作品はあさってまでの展示だから、そう思うと、まあ今日で良かったのかもしれない。
◆公式サイト http://www.rinpa2008.jp/

目標未達のひみつ

うちの会社は印刷会社なので、この時期になると年賀状キャンペーンというものがはじまる。会社全体で何千万という目標が立てられ、その数字が全社員にノルマとして振り分けられる。普段は事務をしている人たちも、この時期ばかりは必死に営業活動をしなくちゃいけないという恐怖のキャンペーンだ。で、ほとんどの社員はけっして低くないノルマを実直にクリアするんだけど、会社全体の目標はなかなかクリアしない。だから会社は「全員必達!」と強いプレッシャーをかけ、もっと早くから動けとか、そこらじゅうにポストインして回れとか、なんとしても目標達成しようと息巻くわけだけど、そもそも未達の原因がこのキャンペーンのやり方にあるということに、経営陣は気づいていないようだ。このやり方をしているかぎり、目標を上げようが下げようが、結果は未達だろう。まず、個人のノルマの決め方が決定的にマズい。個人に割り振られる数字は、基本的に昨年の実績+α。たとえば昨年が10万円だった人は、今年は12万円、20万円だった人は25万円――というふうに。となると、あんまり頑張っちゃうと、来年はもっと頑張らなくちゃいけなくなるので、頑張りすぎないようにしようという抑制が働いてしまう。しかも、頑張っただけの報奨がもらえるわけではないので、なおさら頑張らない。つまり、個人としては当然、ノルマぎりぎりでクリアしようという行動をとることになるのだ。一方、クリアできない人は、ぎりぎりアウトという悔しさを自虐的に味わいたいというのでなければ、ノルマには遠く及ばなかったということになる。すると総体的にはどうなるか。たとえば社員が10人、全体の目標が100万円、個人のノルマが10万円として、9人はそれぞれ10万5千円でクリアしたとしても、1人が5万円しかいかなかったら、全体では99万5千円で目標未達に終わってしまうのだ。こんなやり方では目標達成は難しいし、目標を大きく超えるなんてことは絶対にありえない。目標を達成するためにはやり方を変えなければいけないが、簡単に思いつくのは、表の目標と裏の目標を設定することだ。200万円と掲げておいて、じつは100万円でしたと。だけどこれはスマートじゃないし、ある年から目標がいきなり倍になったら怪しまれるだろう。さて、従来のやり方で欠けているのは、ノルマを超えて頑張ろうというインセンティブがないことだ。むしろ頑張りすぎないでおこうという逆向きの動機があるから、制度設計としては最悪といえる。たとえば、個人の売上に応じて報奨金が与えられるなら頑張る人は頑張るだろう。当然、昨年実績に応じたノルマもやめる必要がある。ただしノルマがないと頑張らない人は頑張らないだろうから、たとえば年齢や社歴に応じたノルマを設定すればいい。ノルマに達しなければなんらかのペナルティがあり、ノルマを超えれば報奨がある――というやり方にすれば、よっぽど無茶な目標でなければ、達成できるだろうし、目標を大きく上回る可能性だってあるだろう。大号令で人を動かす時代じゃないのだ。時代に合わないやり方を無理やり続けても組織が疲弊するだけだろう。

明日から東京出張。

進化するHeavy Metal

先日イギリスで、鉛、亜鉛、砒素、銅などの重金属を好んで食べる“ヘビーメタル・マニア”のミミズが発見されたというニュースがあった(ナショナルジオグラフィック「重金属を食べる“スーパーミミズ”発見」)。重金属に汚染された土壌でも生息できるように、ミミズが進化したのだそうだ。このミミズを使って「汚染された工業用地の浄化に役立つ可能性もある」ということだけど、それはさておき、このニュースで思ったのは、有害な食物でも食べ続ければ耐性ができるんじゃないか――ということ。中国から輸入される有害食品が問題になっているが、中国国内ではすでに被害が出ているし、これからも続々と出てくるだろう。だけど、ひょっとしたらそのうち、耐性がつくのではないか。日本人は清潔になったことで、ちょっとしたばい菌にも弱くなったという。何十年後、日本人と中国人とでは、生存能力に格段の差がつくかもしれない。いまの日本人に必要なのは、有害食品を避けることではなく、進化するためのHeavy Metalなのだ。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)

福岡伸一『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書、07年)を読了。僕が大学に入ったころ、分子生物学ブームというのがあって、竹内久美子の『そんなバカな!-遺伝子と神について-』(文藝春秋、91年、文春文庫、94年)がきっかけだったと思うんだけど、利己的遺伝子だのヒトゲノムだのが流行って、さらに95年に瀬名秀明の『パラサイト・イヴ』(角川書店、95年、新潮文庫、07年)でさらに盛り上がった。僕もブームに乗ってそれ系の本を読み漁ったんだけど、特に興味を引かれたのは、《生命とは何か》という問題だった。生命とは何か――科学ではこれに対する定義がない。いちおう、自己と非自己を分ける境界線があって、自己複製して、代謝する――みたいなものがあるにはあるが、これだ!という定義ではないのだ。そしてブームから10年以上が経ち、また同じ問題について考えさせられるとは思ってもいなかった。生命とは何か。本書は、分子生物学にまつまるエピソードをドキュメント・タッチに描きながら、まったく新しい定義を打ち立てる。キーワードは「動的均衡」。学者とは思えないうまい文章でとても楽しく読めたし、動的均衡説も刺激的だった。これが従来の定義に取って代わるとは思えないが(定義としては詩的すぎる)、イメージとしては生命というものをよく表していると思う。本書はベストセラーになったが、一発で終わらず、またブームが来てほしいと思う。

となりのコンビニ

もう一月ちょっとが過ぎたけど,うちのとなりにあったコンビニが10年間の営業を終えました.

なんでも10年契約で,再度契約更新をしようとしたけど本部から許可が下りなかったらしい.売上が悪かったんだって・・・
「毎朝そこでパンを買ってるよ」とか,「仕事帰りによく寄るんやわ」と話も聞くし,僕は毎晩酒を買いに行くし,周りの会社関係の人たちも利用してるから,見た感じでは結構売れてると思ってたんだけど ,現実はそうでもなかったらしい.
まーそこの店長さんは今後は別のコンビニで働くとの事で,失業しなくてすんだみたいだから良かったけど,利用する方としてはかなり不便になった.それでも,通勤や通学の途中で寄る人たちは他のコンビニがあるやろうし,こっちになけりゃあっちに行くわってなるんやろうけど.

でも,僕みたいにすぐ横にあって,たばこが無くなりゃあ買いに行き,酒が切れれば買いに行き,雑誌が出れば立ち読みに行き,子供が泣けばアイスクリームを買いに行き,牛乳が無くなれば買いに行き,家の場所を教えるときには目印に・・・・・・・・と,これだけ活用してると,非常に不便だ!今は仕方なく他のコンビニに行ってるけど,いずれまた新たにコンビニになって復活してもらえんかなと思います.
そうでないと,これから寒くなるのに,サビサビのチャリで離れたコンビニまで行くのはイヤだなーーーー!

忘れっぽい

昨日からどうやら風邪をひいたみたいだ。腹と頭が痛い。母さんは胃潰瘍だと言い張っている。胃潰瘍じゃ頭は痛くならんだろ。母さんは近頃おかしなことを時々言う。母さんに限らず私の仕事相手は年配の人が多い。得意先しかり、仕入先しかり。私の記憶力もアリの脳みそなみだが、みんなの記憶力はさらにひどい。2分前の話が通じない。中高年には中高年の魅力があるが、やはり自分より若い人と仕事をしたい。「また忘れたんですか~?」と言われるくらいがちょうどいいのだ。ま、でも忘れるってことはたいしたことないってことだ。

重罪と経済

いよいよ世界経済が危機的状況になってきたわけど、いまなにかできることがあるだろうか。たぶんいまは日本円を現金で持つのがもっとも安全だろうから、できるとすれば銀行で下ろしてくることくらいか。日本株はまだ下げるだろうけど、これはもうだいぶまえから諦めているから、どうでもいい。いくらなんでもゼロになることはないだろうし、ゼロになるときには世界は北斗の拳みたいな状態だろうから、それこそどうでもいいだろう。で、結論としては、できることはない、と。

ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書 う 2-1)

上杉隆『ジャーナリズム崩壊』(幻冬舎新書、08年)を読了。フリーのジャーナリストとしてゲリラ取材を続ける著者が、日本特有の記者クラブ制度についてボロクソに書いたもの。これまでにも記者クラブについて書かれたものはあったし、良くない制度だということは知っているつもりだったけど、ここまで酷いとは思っていなかった。ひと昔まえならともかく、ネットで情報が行き交ういまもなおこのような制度が維持され、しかも、これからもどうやら続きそうだということは驚くばかりだ。必読。

『20世紀少年』を観てきた

昨日、ようやく映画『20世紀少年』を観て来た。

マンガを読んでから映画観たんだけど、これって映画を先に観た人はちゃんと全部理解出来るのかなぁ…と思いました。
来年1月に第2章が上映されるらしい。次に主役っぽい重要人物となるカンナ役は平愛梨。

映画の最後にもチラッと出て来たけど、私の中では正直もうちょっと若い女優さんのイメージでしたが…北乃きいとか。

でも平愛梨さん、苦節9年かかって射止めた大役らしく…もしこの役のオーディションに落ちたら芸能界を引退する覚悟だったとか。

色々と苦労してきたらしいのでカンナ役、頑張って欲しいと思います。

それにしても、カンナ役を検索していて色々なコメントが目に入ったんだけど…ひどい事いっぱい書いてあったなぁ。

インターネットっていうのは便利で色々と役に立つ事の方が多い反面、たくさんの人が見れる掲示板とかに匿名で悪口ばかり書く人がいたり…本当にコワイ。

こういうマイナス要素たっぷりの人がもし周りにいたら近付きたくないと思います。

その点、ミネぞうは周りから変態だとか脳天気だとか言われてますが…良く言えばいつも明るくプラス思考の人で良かったと思います。

私は基本的にプラス思考で明るく!と頭では思いつつ…たまにどうしようもなく暗くなったりしてしまいますが…。

そういえばこの間、テレビで小栗旬のドラマ『夢をかなえるゾウ』を観たんだけど、どんな時でも「私はツイてる!!」と口にするのが大切と言っていた。

他にも結構いい事を色々言っていたしこの原作本を読んでみようかなぁ。


音楽の聴き方

古い友人から久しぶりにメールが来た。CDを買おうと思ってCD屋で探したんだけど置いてなかった、君は持っていないか――と。で、アマゾンで買えばいいじゃないか――と親切にその商品のリンクを張って返信したんだけど、よくわからないからCD屋で注文するよ――と。おいおい、いまどきCD屋で注文するやつなんていないぞ――と返信しようと思って、やめた。この友人はいまだに20世紀を生きているような男だし、こういう話をすると、そもそもインターネットとは?から説明しなければいけない。音楽の聴き方でいえば、CDをショップで買う人もいれば、アマゾンやヤフオクで買う人もいるし、iPodやケータイでダウンロードする人も、baiduやWinnyで落とす人もいる。何千円も払う人がいて、1円も払わない人がいる。それは音楽に対する考え方やモラルの違いもあるんだけど、まずは、知っているか知らないかの違いだろう。知っている方からすると、もったいないことしてるなあ――と思っちゃうんだけど、知らない方はべつに困ってるふうではないから、まあ、いいのか。

ウディ・アレンの重罪と軽罪

DVDで映画『ウディ・アレンの重罪と軽罪』(89年作品)を観た。毎度のことながら監督、脚本、主演はウディ・アレン。愛人をもてあます歯科医と、新しい恋に目覚めた映画監督が犯した《罪》をシニカルに描くヒューマン・ドラマ。ウディ・アレンらしい笑いはないけれど、それぞれの《罪》の結末は喜劇的といえなくもない。最後の最後に、人生とは選択の積み重ねだ――みたいな言葉があって、そこでこの作品の重みがぐっと増した気がした。近作の『マッチポイント』(05年)も同じような作品だけど、本作のほうがずっとよくできている。

バタバタ運動会

最近なんだか忙しい。仕事だけじゃなくて、色んなやらなくてはいけないことが重なっているからだろう。仕事はどちらかというと暇な時期。今アパレル業界は来年の夏物の展示会をやっているところなので、私達製造業は展示会の結果がでてメーカーに洋服の発注が集まらないと始動しない。ただ展示会用サンプル製品につけるサンプルタグを作るのにちょっと忙しい。各1枚1000種とかあったりする。ちょっと泣きそうになる。ナイロンが2%含まれていようがポリウレタンが1%含まれていようが、そんなの本当に必要なのか!?という気持ちになる。私は生地なんかには関係ない仕事なので、その1%の重要性がわからない。1%でもそんなに変わるものなのかしら。そんなこんなでバタバタしているのに今週末は社会体育大会にむかで競争で出場。ほんとに雨降らないかしら。明後日明々後日日曜日と雨が降ればいうことなし。ムカデ競争は足は痛いわこけるとひどいわで若者しかやることができない。30代の女性陣が町内から集まってやるんだけど、ブーブーいいながら練習しているわりには当日は結構本気だ。そんなもんなんだけどね。無いにこしたことはないんだけど、もしもあるのなら去年3位だったので、今年は優勝を目指さなくちゃ。