新規客より固定客

うちの会社に限らずだと思うけど、新規開拓が営業のテーマになっている。いかにして新規客をゲットするか。そのためには多くの広告費をかけるし、安売りも辞さない。だけど、新規客を集めればそれでいいのだろうか。

1回きりのお客様を100回客に育てなさい (DO BOOKS)

高田靖久『1回きりのお客様を100回客に育てなさい』(09年、同文館出版)は、新規客を集め、さらにリピートさせるノウハウについて紹介したもの。本書によると、美容院や飲食店では、店全体の客のうち、1回きりの客の割合は70%を超えている。だから、新規客を集めることよりも、新規客を固定化させることのほうが売上アップには必要なのだと。割引で集客した客は1回きりが多い――という記述には多くの人が頷くのではないだろうか。ではどうすればリピートしてくれるのか。本書によると、新規客にたいして3日後、3週間後、3か月後にDMを送ればいい。リピートしてもらうためには、まず思いだしてもらう必要がある。短時間でDMを送り、思いだしてもらい、また利用してもらえれば、その客はその後も定期的にリピートしてくれるようになるのだそうだ。多少アジりすぎの感はあるが、ここに書いてあることは実践すれば効果はありそうだ。美容院や飲食店を対象に書かれているが、多くの業種で応用できるだろう。

ただ残念なのは、この本はアマゾンで40以上のレビューがついていて、ほとんどが5つ星なのだが、そのレビュアーを見ると、この本1冊しかレビューを書いていない人が非常に多い。断定はしないけど、サクラだと思われてもしょうがない状況だ。ちゃんとした内容なのだから、ここまでいないほうがよいのではないか。

ウディ・アレンは1人しかいない

映画監督のウディ・アレンは監督・脚本・主演の3役をこなすことが多いが、俳優としては器用ではないので、主人公は似たような人物造形にならざるをえない。すなわち「よくしゃべる神経症のインテリ男」だ。監督としてのウディ・アレンはこのキャラクタを愛しているが、それを自身が演じ続けるのには限界がある。歳をとってしまうからだ。もちろん、年をとった男を主人公にして脚本を書けばいいだけではあるが、監督として若い男を主人公にしたいと思うこともあるだろう。しかも、そのキャラは若き日の自分が演じるべき役だ。そこでウディ・アレンは、若い俳優にウディ・アレンを演じさせることにした。

セレブリティ [DVD]

映画『セレブリティ』(98年、アメリカ)は、20年まえであればウディ・アレンが主役を演じた作品だが、制作当時ですでに還暦をすぎているウディ・アレンが演じるにはムリがあり、ケネス・ブラナーが代役として主人公を演じることになった――みたいな作品。出演はジュディ・デイビス、レオナルド・ディカプリオ、ウィノナ・ライダー、シャーリーズ・セロンなど。作家志望の冴えないジャーナリストが、40歳をすぎて同窓会に出席したのを機に、このままじゃダメだ、なんとかしなくちゃ――と離婚し、セレブリティたちの間で右往左往するが、別れた妻はちゃっかりセレブリティとなって――。いかにもウディ・アレンらしいテーマの作品で、ストーリーはおもしろく完成度も高いが、この主人公がウディ・アレンなら――と思いっぱなしだった。ケネス・ブラナーはいい仕事をしているのだけど、やはり本物にはかなわない。ここまでウディ・アレン風にやるなら、吹き替えにすればよかったのではないか。あるいは主人公だけCGかアニメにするとか。ウディ・アレンは1人しかいないのだから。

ナッパはロマンチック

福井大学に行ったら学園祭をやっていて、ステージではドラゴンボールのナッパがスターリンの「ロマンチスト」を歌っていた。ギターはピッコロと魔人ブウ、ベースは亀仙人、ドラムはフリーザだった。孫悟空は不在。ていうか、なぜナッパがボーカル。まあ、ナッパがボーカルというか、ボーカルがナッパだったのだろうけど。シュールな光景だった。


ロマンチスト/スターリン

街からマスクが消えた

先週に引き続き今日も日帰りで東京に行ってきたんだけど、何が驚いたって、誰もマスクをしていないこと。たった1週間でこうも変わるものかと。先週は3人に1人くらいはしていたのに、いまでは探さなきゃ見つけられないほど誰もしていない。なんというか、ここまで右向け右で大丈夫なのだろうかと不安になった。これも国民性なのだろうか。

ケータイ以前/以後

若者の恋愛コミュニケーションにおいて「ケータイ以前/以後」というのは、それこそ百年に一度の変化だろう。たかだか10年ちょっと前まではみんな、好きな子の実家に公衆電話から電話をかけて両親に切られたり、通学路で何時間も待ち伏せしたり、手紙を小さく折りたたんで下駄箱に入れたり、それが当たり前だった。現在の若者からはまったく想像もできない世界だろう。もしもケータイがこの世から消えてしまったら、恋愛することもできないのではないか。彼らにとってはケータイこそが世界のすべてなのだ。

生命力

チャットモンチーのアルバム『生命力』(07年)に収録されている「モバイルワールド」は、そんな若者の世界観を歌った曲だ。ケータイという「小さな世界」。彼ら/彼女らは、てのひらサイズの小さなデバイスに生きている。歌詞の中に「電波があれば生きていける」というフレーズがあるが、これはもちろん、電波がなければ生きていけないということだ。これは良い/悪いという問題ではないが、いまの中学生や高校生は「ケータイ以前」を知らないわけで、今後、その断絶が明らかになっていくような気がする。

いつだって誰だって持ち歩ける世界
手のひらの中に数百人 友情わずか100グラム
つながったふりでつながれた
寂しい時の隠れ家 小さな世界

不眠不休のポストマン 神出鬼没のカメラマン
手のひらの中で震えてる 愛情さえ100グラム
こいつがあればいつも幸せ 怖いものなし 小さな世界

(中略)

小さな世界は軽い 安くて軽い
電波があれば生きていける
小さな世界は狭い 広くて狭い
電波があれば生きていける

チャットモンチー「モバイルワールド」より

◆公式サイト http://www.chatmonchy.com/

北朝鮮は狙ってなんかいない

北朝鮮が核実験を実施したそうで、テレビではMCが「北朝鮮の狙いはなんでしょうか?」と問い、専門家が「アメリカを交渉のテーブルにつかせることです」と答える――という問答があちこちで繰り返されている。この解説が的を射ているかどうかはわからないが、思うのは、国家の「狙い」というはそんなミエミエなものなのだろうか――ということだ。というか、日本の専門家に見抜かれている時点で、駆け引きとしては失敗だろう。今回の行動をブラフだと捉えるのは間違っている。これはリアルな軍事行動だ。すぐに戦争が勃発するわけではないかもしれないが、もっと危機感を持つべきではないだろうか。

かわいそうなてんとう虫

みなさんには全く関係ないことですが、しばらく日記をお休みしているうちに日記を書く画面が大幅に変ってました。びっくり。今書いているこの日記はちゃんとアップできるのだろうか。

先日近所のJAにてんとう虫を買いに行きました。知ってますか?てんとう虫って売ってるんですよ。残念ながらうちの近所のJAには置いてませんでしたが、ナミトップとかっていう名前で(ナミホシテントウだからナミトップ)ネットでも売っているようです。そもそもなぜてんとう虫が欲しいのかっていうと、うちの畑にアブラムシが大量発生したからです。多分1000匹はいるね。てんとう虫は1日に20匹以上はアブラムシを食べてくれるらしいので、農薬を使いたくない私は頼もしいてんとう虫さんに頼りたいわけですよ。まあ結局農薬じゃないでんぷんかなんかのスプレーで気長に少しずつ退治していくことにしたわけですが、売っているてんとう虫のかわいそうなところは、第一世代は飛べないということです。せっかく畑にてんとう虫を放しても飛んで行ってしまっちゃ元も子もないわけで、当然といえば当然の遺伝子操作ですが、飛べないてんとう虫なんて。かわいそうです。アブラムシを食べつくしたてんとう虫は腹ペコで死んでいくしかないじゃないですか。ただ、それ以外の能力は欠けていないようで、子供が生まれたらその第二世代は飛べるそうです。減農薬や無農薬の流れはいかにも地球に優しいようにみえて、天敵に薬物処理をしたりするってのはどうもいただけないなぁと思いました。

ヒーローだって猫をかぶる

猫をかぶる――という言葉があるが、本性を隠して表面的に違ったふうに振る舞うことは、あまり良いこととはされていなかったが、最近ではそうでもないようだ。企業はブランディングに一生懸命だし、タレントはキャラの作り込みに精を出している。そのイメージ戦略を手伝うのが広告代理店だ。政治だって戦争だって広告屋を必要とする時代。そしてそれは、スーパーヒーローだって例外ではない。

ハンコック エクステンデッド・コレクターズ・エディション 【Amazon.co.jp 限定リバーシブル・ジャケット仕様】

映画『ハンコック』(08年、アメリカ)は、嫌われ者のスーパーヒーロー「ハンコック」を、冴えない広告マンが売り出す物語だ。監督はピーター・バーグ、出演はウィル・スミス、シャーリーズ・セロンなど。本当はいいやつだけど不器用で孤独なためにみんなに理解されない嫌われ者のハンコックが、広告マンのアドヴァイスによってしだいに人気者になっていく過程は純粋に楽しめる。ウィル・スミスはあまり好きな役者ではないんだけど、この主人公を完璧に演じる演技力はさすがの一言。それを演出するカメラワークやCGもすばらしい。ただ、この後半の展開はなんだ? 頭にクエスチョンが出たまま終わってしまった。政治的な深読みができないわけでもないが、これは無理矢理すぎる。前半がおもしろかっただけに余計にがっかりしてしまった。

◆公式サイト http://www.sonypictures.net/movies/hancock/

リアリティについて

小説や映画、漫画などで、「リアリティがある/ない」という評価基準があるが、これは辞書的な意味で「現実味がある/ない」ということではない。「ハリー・ポッター」や「北斗の拳」にたいして、リアリティがない!などという人はいないだろう。ここでいう「リアリティ」というのは、その作品の世界がきちんと構築されているか否か、その世界の中でストーリーの展開や登場人物たちの会話などが自然か否か――ということを意味している。だから、たとえ現実味があったとしても、史実をもとに作られていたとしても、リアリティがない!ということがありえるのだ。

ミッドナイトイーグル スタンダード・エディション [DVD]

映画『ミッドナイトイーグル』(07年、日本)は、「ハリー・ポッター」や「北斗の拳」に比べればはるかに現実的だが、「リアリティがない」。監督は成島出、出演は大沢たかお、竹内結子、玉木宏など。真冬の北アルプス山中で特殊爆弾を搭載した米軍機が墜落、それを追う元戦争カメラマンと自衛隊の前には朝鮮の工作員が立ちふさがり――というストーリー自体にケチをつける気はまったくない。問題なのは、そのストーリーをドライブさせる登場人物たちのバックグラウンドが描かれていないことだ。これは高嶋哲夫の同名小説を映画化したものだが、小説はそれなりに評価されているようだから、映画化の段階で削られてしまったのだろう。彼らがなぜこのような行動をとるのか、その動機がよくわからないから、まったく作品に入っていけず、ディテールのアラばかりが気になってしまう。小説の映画化は多くのものを削らなければいけないが、なにはともあれ、リアリティを損なうものは削ってはならない。

新興宗教に敵対していた頃

大学時代、いわゆる「新興宗教」にたいして異常な敵対心を持っていた。勧誘の電話がかかってきたら論争を吹っかけ、しつこく勧誘されて困っているという友人には同行し、すでに入会した友人には考え直すように説得し――。この青臭い正義感は社会人になってからも尾を引き、この日記も過去のものを読み返すと新興宗教を批判するような内容も見られる。なぜ、このような「敵対心」が生まれたかというと、大学1年のとき、当時付き合っていた彼女が某団体に勧誘され、ひどい目に遭ったからだ。だけどそのときは、世の中のことについてあまりに無知だったし、そういう宗教にたいして否定する言葉も持っていなかった。宗教について勉強するようになったのはこれからだ。その後、哲学や社会学を勉強するようになったのだけど、それもこれがきっかけだったのだろう。

日本の10大新宗教 (幻冬舎新書)

島田裕巳『日本の10大新宗教』(07年、幻冬舎新書)は、日本の主な新宗教について、教祖誕生の物語から組織の発展や分裂、信仰についてなどを紹介したものだが、あくまで客観的な記述だけがなされ、賛否についての判断はなされていない。これをもし大学時代に読んだなら、で、どれが悪い宗教なわけ!?――とちゃぶ台をひっくり返しただろうが、いまはこのほうがしっくりくる。そういえばあのとき――とか、読みながらいろんなことを思い出した。ここ最近はあまり新興宗教がニュースとして話題になることはあまりなかったが、なんてったって百年に一度の不況だし、また新しいのが出てくるんじゃないかな。