日本人好みのジャーマンメタル

遠く離れた国の音楽なのに、なんとなく懐かしい感じがして、すんなりと耳に入ってくるものがある。たとえばジャーマンメタルといわれるドイツのロックが日本で好まれるのは、この感覚があるからだろう。イギリスやアメリカのドライな感じではなく、じめっとした憂いのあるメロディとドラマチックな展開。日本人は基本的に陰のある音楽が好きなのだと思う。ジャーマンメタルではスコーピオンズやハロウィン、ブラインド・ガーディアンなどが代表格だが、日本ではとくにフェア・ウォーニングが人気を博した。というかフェア・ウォーニングは本国ドイツではあまり人気がないらしい(ウィキペディア「フェア・ウォーニング」)。叙情的で美しいメロディと、テクニカルで感動的なギターソロは、日本のロックファンがもっとも好む要素だ。

AURA

フェア・ウォーニングの新譜『AURA』(09年)は3年ぶり6枚目のスタジオアルバム。オープニングナンバーから日本人好みの美しいメロディが炸裂する。これだよ、これ――という日本人の血が騒ぎ出す(ドイツの音楽なんだけど)。とくにギタリストのヘルゲ・エンゲルケが奏でるギターソロの美しさは芸術的で、ついついソロだけをリプレイして聴き入ってしまうほど。バラードが多すぎるというファンの不満もあるようだけど、早かろうが遅かろうが良い曲は良い曲。捨て曲なしの素晴らしいアルバムだと思う。とはいえ、フェア・ウォーニングが日本で売れたのは10年以上前だし、途中で解散-再結成していることもあって、あの人はいま?的な存在になってしまったから、このアルバムは売れないだろう。だけど旬が過ぎてもなお、ここには日本人に響く楽曲が詰まっている。おすすめ。

◆公式サイト http://www.fair-warning.de/

クラウド化入門

先日の日記で、現在、インターネットの世界で「クラウド化」という大きな変化が起きていると書き(インターネットの大潮流《クラウド化》)、そこでニコラス・G・カーの『クラウド化する世界』という本を紹介した。これはクラウド化を理解するうえでとても重要な本だと思うが、これをネットにあまり詳しくない人が読むのはキツいかもしれない。で、おすすめはこれ。

クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先にくるもの (朝日新書)

西田宗千佳『クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先にくるもの』(09年、朝日新書)は、クラウド・コンピューティングとはどういうものか、iPhone やグーグルのアプリケーションなどを通してわかりやすく説明したもの。クラウド化という概念よりも、それによって何がどう便利になるかが書かれているので、身近なものとして理解しやすい内容になっている。今後、コンピューターに限らずあらゆる情報機器がクラウド化されていくだろうから、ネット関係の仕事に携わっている人はもちろん、一般の人も教養として知っておいて損はないだろう。

変われなかった自民党

自民党の新総裁は谷垣禎一氏が選ばれた(自民党、新総裁に谷垣氏を選出/朝日新聞Web版)。この結果は予想どおりだが、各氏が獲得した得票数の内訳を見てみると興味深い。自民党の総裁選は国会議員票(199票)と地方票(300票)の合計(499票)で争われるが、各氏の内訳は、谷垣氏は300票(国会議員票120票、地方票180票)、河野氏144票(国会議員票35票、地方票109票)、西村氏54票(国会議員票43票、地方票11票)だった(国会議員票のうち1票が無効票)。合計では谷垣-河野-西村の順だが、議員票では河野氏と西村氏の順番が入れ替わって谷垣-西村-河野となり、地方票では河野氏は西村氏の10倍も獲得している。この3氏でもっとも自民党を変えようとしたのは間違いなく河野氏だろう。つまり、地方は変化を求めたが、議員はそうではなかった。西村氏は演説を聞いてもわかるように、総裁選に名乗りを上げるのはまだまだ早すぎる。なのに議員票で河野氏を上回ったのは、やはり派閥の力が働いたからだろう。自民党はやっぱり自民党か――そう国民に印象づけた選挙だった。

帰って来い愛車

今日愛車を車検に出した。今回は代車をもらわず車が出来上がってくるのをひたすら待つことに。思えば買ってからちゃんとした車内の掃除なんて自分では一度もしたことがなく、最近は特に猫だのなんだのが乗り込んだりしていたので車の中はカチャカチャ。車を取りに来てくれた若いあんちゃんとおねえちゃんに「とにかく汚いんです。なんとかしてください。」を繰り返した。車は実家で生活するようになってからは唯一の本当に私だけの個室なので、ないとなるとすごく落ち着かない。塗装ははげてボロボロだけど、車内の居心地や窓の大きさや走った感じや・・・なんやかんやととても大好きなのだ。早く帰ってこないかなぁ。こういうのが本当の愛車だなぁと今日しみじみ思った。それならもう少し掃除したらどうかと・・・だよなぁ。

マンドリンを弾いてくれ

定例のスタジオ練習。新曲第3弾となる「マンドリン」(仮称)をメンバーに初披露した。歌詞は未完成。仮称がマンドリンなのは楽器としてマンドリンを打ち込んであるからで、マンドリンのことを歌った曲だからではない。曲調はシンプルなミディアムテンポのロックで、メロディは歌謡曲っぽい感じ。普通すぎてベイビーバギーらしくないから没にしようかと悩んだんだけど、まあ質より量かなと。いまのところライブの予定はないから、いまのうちにどんどん量産しよう。

過去を少しずつ積み上げる男

ここはどこ?私は誰?――記憶喪失モノでは定番フレーズだが、この状態は医学的に「全生活史健忘」といい、発症以前の出生以来すべての自分に関する記憶を思い出すことができなくなる(ウィキペディア「健忘」)。過去をなくしてしまうことで、《現在》を把握できなくなってしまうわけだ。僕らは現在を生きているわけだが、過去をなくしてしまうとニッチもサッチもいかなくなる。たとえば誰かに恋をするとしても、自分がどのような女の子がタイプで、これまでどのような恋愛をしてきたかがわからないとしたら、いったいどのように相手を選べばいいのだろう。現在の判断は過去があってこそなのだ。

過去のない男 [DVD]

映画『過去のない男』(02年、フィンランド、ドイツ、フランス)は、暴漢に襲われて記憶喪失になった男が、手探りで現在を生きる物語だ。監督はアキ・カウリスマキ、出演はマルック・ペルトラ、カティ・オウティネンほか。北欧の映画らしく、暗くじめっとした作品だが、主人公が少しずつ過去を積み重ねながら現在を生きていく姿は心を打つ。なにもかも不器用な作品だが、味のある登場人物と素朴なカメラワーク、気の利いた台詞がすばらしい。サウンドトラックにはクレイジーケンバンドの曲も使われているが、これはギターの小野瀬雅生がカウリスマキのファンで、自分たちのCDが出るたびに送っていたら、使わせてほしいと連絡があったそうだ。監督はかなりの日本通のようで、ラストでは唐突ににぎり寿司が出てきたりする。遠い国の作品だが、どことなく日本映画のように思えるのはこのせいだろう。2002年のカンヌ国際映画祭ではグランプリと主演女優賞を受賞している。おすすめ。

密約の妥当性

核持ち込みや沖縄返還に関し日米間に「密約」があったとされる問題で、岡田外相が外務省に調査するよう命じていたが、外務省は専門の調査チームを設置、近く外部の有識者を交えた調査委員会も発足し、11末までに調査結果をまとめるのだという(外務省に「密約」調査チーム設置/読売オンライン)。そんなマジで調査しないほうがいいんじゃない?――と思うのは、密約なんてなかったと思うからでも、密約があったとしても公にしないほうがいいと思うからでもなくて、岡田外相と外務省が過去の密約の妥当性を検証し、現在の日米関係における日本のポジションを明確にするというハイレヴェルの外交ができるとは思えないからだ。核の持ち込みに関しては、密約があったことはアメリカ側からすでに明らかにされている。だからこの調査は調査というより、日本側として密約の事実を公式に認めるのかどうか、認めるなら何をもってどのように認めるのか、そのような作業になるのだろう。まさか民主党はこの調査によって、過去の自民党政権が国民を欺いていました!と、たんに断罪したいわけではあるまい。政府が嘘をつくなんてことはどこの国でもあることだろう。重要なのは、なぜそのときに嘘をつかざるをえなかったという妥当性を検証することだ。だけどこれはとても難しい。場合によっては別の嘘が必要になるかもしれない。そんな高度な政治判断が民主党にできるだろうか。とてもそうは思えない。だけど賽は振られてしまった。密約はありませんでした!という調査結果を出したとしても、それはそれで日本の立場をコミットメントしたことになる。やっぱり調査はしなくていいです!というのも間抜けだろう。いったい岡田外相はどのようにこれをまとめるつもりなのだろうか。

京都の陰と陽

千本鳥居

大学時代、京都在住の女子大生といわゆる遠距離恋愛をしていた時期があって、いま思うと過酷な恋愛だったと思うんだけど、それはさておき、その子と行った伏見稲荷大社の恐さはいまだに忘れられない。朱色の鳥居が無数に並ぶ千本鳥居(Google 画像検索)を通ったときは寒気が走り、鳥肌が立ち、あわや失禁しそうになった。千本鳥居というが、実際には約1万基もあるらしい(ウィキペディア「伏見稲荷大社」)。これらは江戸時代からいままで奉納されてきたものだが、多くの人の願いや思い、そして京都の歴史に押しつぶされるような感じがして、京都って恐いところだ――はじめてそう思った。

きつねのはなし (新潮文庫)

森見登美彦『きつねのはなし』(09年、新潮文庫)は、京都を舞台にした恐い話の連作集。1つひとつの話はつながっていないのだが、「狐の面」「古道具屋」「胴の長いケモノ」などのキーワードでつながっている。先日読んだ『夜は短し歩けよ乙女』は舞台は同じ京都でも軽いノリのラブコメだったが、本作は暗くて湿った和風ホラー調で、あまりの作風の違いに驚いた。作品としてはこちらの方が断然いいと思うのだが、世間の評価は違うようだ。さておき、この両極端な作品は、京都の町の陰と陽を表しているのかもしれない。

この街には大勢の人が住んでいて、そのほとんどすべての人は他人だけれども、彼らの間に、僕には想像もつかないような神秘的な糸がたくさん張り巡らされているに違いない。何かの拍子に僕がその糸に触れると、不思議な音を立てる。もしその糸を辿っていくことができるなら、この街の中枢にある、とても暗くて神秘的な場所に通じているような気がするんだ。
「果実の中の龍」

伏見稲荷の鳥居が恐いのは、それが京都の陰の世界へのトンネルに思えるからかもしれない。

残された時間でやるべきこと

もしも余命3か月を宣告されたら何をするだろう――と考えてみる。これまでどおりの生活を淡々と送るなんてまっぴらだ。すぐに会社を辞めるのは間違いない。問題は残された時間をフルに使って何をするかだ。すぐに思いついたのはベイビーバギーのレコーディングをすること。30曲弱のオリジナル曲があるが、まともな音源はまったくない。これまで何年もかけてやってきたバンドなのだから、それを残さずに死ぬのでは悔いが残る。あるいは――と考えながら気づくのは、なんらかの形で生きた証を残したいということだ。記憶なんて儚いものだから、1年もすれば誰も思い出さなくなるだろう。それはそれで構わないが、なにもかも消え去ると思うと味気ない。

海辺の家 [DVD]

映画『海辺の家』(01年、アメリカ)の主人公は、《家》を残したいと思った。ただこの主人公はそれだけではなく、それを通じて、父子の関係を修復しようと試みる。監督はアーウィン・ウィンクラー、出演はケヴィン・クライン、クリスティン・スコット・トーマスほか。20年来勤めた建築事務所を解雇された主人公は、癌で余命3か月を宣告される。彼は離婚した妻と息子に家を建て替えると宣言。息子はドラッグとロックに溺れていたが、一緒に家を建てようと強引に連れて行く。はじめは強く反発する息子だったが、しだいに父子は心を通わせ――。あまりにお涙頂戴な設定ではじめは鼻白んだが、途中から釘付けにされてしまった。家という形はしょせん形でしかない。大切なのはその後ろ側なのだろう。

僕がバンドの音源を残したいと思うのは、たんに音源を残したいわけではなく、これまでメンバーと一緒に過ごした時間や思い出を残したいと思うからだろう。CDにすれば1時間ちょっとかもしれないが、その後ろ側には何十時間、何百時間という時間があるのだ。

コメディは俳優ありき

コメディ映画がおもしろいかどうかは、俳優がおもしろいかどうかにすべてかかっている――といっても過言ではないだろう。チャーリー・チャップリンやバスター・キートンの映画がおもしろいのは、彼らの動きや表情がおもしろいからにほかならない。三谷幸喜の映画がおもしろくないのは、だから俳優がおもしろくないからだ。どんなに脚本がおもしろくても(三谷作品はこれも怪しいのだが)、俳優がおもしろくなければ作品がおもしろくなるわけがない。逆にいえば、どんなに脚本がおもしろくなくても、俳優がおもしろければ作品はおもしろくなる。

おいしい殺し方 A Delicious Way to Kill 通常版 [DVD]

映画『おいしい殺し方 A Delicious Way to Kill』(06年、日本)がおもしろいのは、とにかく俳優たちがおもしろいからだ。もちろん脚本や演出があってのおもしろさなのだが、演技がおもしろくなければそれらが活かされることはない。監督・脚本はケラリーノ・サンドロヴィッチ、出演は奥菜恵、犬山イヌコ、池谷のぶえほか。料理学校の講師が自宅のマンションから投身自殺をするが、その死に疑問をもった3人が事件を探る――というミステリ仕立てのコメディ。とにかく主演の3人の女優がすばらしい。ちょっとしたセリフ、ちょっとしたしぐさがいちいち笑わせる。キャスティングの妙だろう。ケラリーノ・サンドロヴィッチはミュージシャン、劇作家として知ってはいたのだが、作品を見たのはこれがはじめて。映画も他に2、3作あるので、それらも見てみたいと思う。おすすめ。