Welcome to the Minichael’s Cafe

昨夜は半年ぶりのライブ。今回は久しぶりということもあるし、新曲を4曲も演るということで、かなり頑張らなくちゃいけないライブだった。さらに会場がミニケルズカフェ。昨年の4月にミニケルはいったん幕を閉じ、マスターが替わってリニューアルオープンしたわけだけど、リニューアルしてからははじめての出演となる。僕らはミニケルで生まれてミニケルで成長してきたのだけど、そこらへんの思い入れはここらへんを参照。また、今回の主催は仲間のいたるくんで、彼はこれまでいくつかのバンドを掛け持ちしていたのだけど、メインの「らせん」に集中するということで、VOW WOWのコピーバンドとミスチルのコピーバンドを卒業するラストライブで、僕らはそのゲストに呼ばれたのだった。とにかく、重要なライブだったということだ。

いたるくんのバンドについてはいたるのブログに詳細が書いてあるのでそれを参照してもらうとして、僕らベイビーバギーはどうだったかというと、完全な練習不足にもかかわらず、それなりのことができたのではないかと、自分では思う。心配していた――かなり心配していたボーカルも最後の練習時よりずっと良くなっていて、さすがちゃんと合わせてくるなあと高西夫妻を見直したのだった。今回演った新曲は演奏順に「I Don’t Need Your Love」「Howl For You」「Love Ballade」「Fire For Desire」の4曲。昨年の後半にバタバタと作った4曲だ。今回のテーマはミネさんがMCで「愛」だといっていたけれど、まあそれもないわけではないが、僕としてのテーマは、ひとみさんに歌ってもらうことだった。だから4曲中の2曲はひとみさんがメインだし、他の2曲でもできるだけコーラスを入れてもらうようにした。これまで男女のツインボーカルをなかなか活かすことができず、ずっとそれが自分の課題で、今回の新曲についてもまだまだ不十分だと思うんだけど、そういうテーマのもとに作られた4曲だったわけだ。これについてはこれからも課題として取り組んでいきたい。

さて、ライブは超満員で、まあほとんどはいたるくんのお客さんだったと思うけど、とにかく来てくれたみなさんにはありがとう。いたるくんとバンド仲間にも、そしてミニケルズカフェにもありがとう。おかげさまで重要なライブで楽しく演奏することができた。ありがとう。

かつてはヒーローだった――映画『レスラー』

プロレスは時代とともに大きく変わってきた。1953年にテレビ放送がはじまると力道山の人気とともにプロレスは国民的な娯楽となり、その後もアントニオ猪木やジャイアント馬場などの活躍もあり、1980年代まで人気を博した。しかし90年代になるとそれまでゴールデンタイムで放映されていたテレビ中継が深夜枠へ移動し、またK-1や総合格闘技などの人気もあり、しだにマイナーな存在になっていく。そして現在では「アメトーーク!」などのテレビ番組で芸人たちによってネタ的に扱われるようになってきた。プロレス自体が変わったわけではないが、それを見る人たちの目が変わってきたのだ。

レスラー スペシャル・エディション [DVD]

映画『レスラー』(08年、アメリカ)は、あるプロレスラーの引退を描いた作品。かつて人気レスラーだった主人公だが、いまではすっかり落ちぶれ、アルバイトをしながらプロレスを続ける生活を送っていた。ある日、長年のムリがたたって心臓発作を起こし、引退を決意する。それを機に長年疎遠だったひとり娘との仲を修復しようと試みるがうまくいかない。そして自暴自棄になった主人公は――。監督はダーレン・アロノフスキー、出演はミッキー・ローク、マリサ・トメイほか。不器用だがひたむきでストレートな主人公と、彼を取り巻く人たちの人間ドラマはとてもすばらしいが、なによりプロレスの本質をここまで描いた作品は他にないのではないか。プロレスをよく知らずに八百長だショーだという人がいるが、そんな人はこれを見ればプロレスのなんであるかがよくわかるだろう。それにしてもミッキー・ロークはいい仕事をした。傑作。おすすめ。

パクってるかもしれない――映画『シークレット・ウインドウ』

作曲をしていて、いいフレーズができた!というとき必ず、でもこれ、なにかのパクリじゃない?と不安になる。自分でいいと思うものほど、この耳障りの良さは過去に聞いたことがあるからにちがいない――と思うわけだ。で、実際、よくよく考えたらたしかにパクっていたということがよくある。故意にパクるのはさておき、無意識にパクるというのは、音楽にかぎらず、すべてのクリエイターにとって恐怖なのではないだろうか。

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映画『シークレット・ウインドウ』(04年、アメリカ)は、そのような恐怖を描いている。ある小説家のもとにひとりの男が訪ねてきて、私の小説を盗作しただろうと詰め寄る。小説家はそれを否定して追い返すが、男は自分が書いたという原稿をおいていった。読むとたしかに瓜二つ。その後も男は執拗にやってくる。やがて小説家の愛犬が殺されるという事件が起きた。その後も続く事件。しだいに小説家は憔悴していき――。スティーヴン・キングの小説『秘密の窓、秘密の庭』を映画化したもので、監督はデヴィッド・コープ、出演はジョニー・デップほか。話は「盗作」をめぐって進んでいくのだけど、ストーリーの軸となるのはこの小説家と妻の夫婦関係で、ふたりは離婚の調停中にある。盗作を否定する証拠は別居中の妻のもとにあるが、妻はすでに別の男と同居中。さらに小説家は過去に実際に盗作をしたことがあって――という感じだ。原作は読んでいないからわからないが、映画としては残念ながらまったくおもしろくない。サスペンスとしては緊張感に欠けるし、人間ドラマとしては薄っぺらい。オチも凡庸。ただジョニー・デップはいい演技をしているので、ファンは楽しめるだろう。ファンじゃなければ見る必要はない。

この登場シーンがすごい――映画『グエムル-漢江の怪物』

怪獣映画といって思い浮かぶのは日本映画だろう。ゴジラシリーズ、ガメラシリーズ、それにラドンだのバランだの、挙げればキリがないほど多くの怪獣映画が作られている。海外で思いつくのはキングコングくらいで、宇宙からやってくるエイリアンや人間が変身するモンスターを扱った作品は多いけれど、怪獣はあまりない。この違いを歴史や宗教から考察するという試みは魅力的だが、いま書こうとしているのはそういうことではなくて、お隣の韓国にとんでもない怪獣が現れたということだ。

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映画『グエムル-漢江の怪物』(06年、韓国)は、韓国で作られた怪獣映画。韓国のとある研究所からホルムアルデヒドが下水に廃棄され、それがソウルを流れる漢江に流入、グロテスクで凶暴な怪物が発生し、人びとを襲う――。監督はポン・ジュノ、出演はソン・ガンホ、ペ・ドゥナなど。印象的なのは怪物の登場シーン。映画がはじまってわりと早い段階で登場するのだが、これがとにかく強烈なのだ。このシーンだけでこの作品を観る価値があるといってもいい。僕は5回ほど巻き戻して見た。このあとのストーリーは、主人公の娘が怪物にさらわれ、一家総出で助け出す――それだけ。途中だらだらするし、笑うところなのかしんみりするところなのかよくわからない場面があったり、ラストもいまいちなんだけど、まあ怪獣映画というのはだいたいこんなものだ。ただ、やっぱり日本の映画とはちがうので、そういうズレはじゅうぶん楽しむことができるだろう。この怪物が韓国にとってのアメリカだということは誰が見てもわかることだが、そういう見方をするのも一興。日本のゴジラは太平洋戦争で命を落とした日本人だといわれたりもするけど、怪獣というのは、国の中にたまった澱のようなものが獣の形として現れたものなのかもしれない。

ゾンビの現在性――映画『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』

ゾンビの歴史は古く、ヴードゥー教の伝承にまで遡る。「ヴードゥー教の伝承によれば、ボコールと呼ばれる神官たちは、犯罪者の遺体を呪術によって蘇らせ、生前の罪を償わせるために奴隷として働かせたそうだ。この生ける屍こそが、ゾンビである」(『ゾンビ映画大辞典』)。この「生ける屍」を映画化し、「ゾンビ」として世間に広めたがジョージ・A・ロメロで、彼の作品『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(68年)と『ゾンビ』(78年)はゾンビ映画の古典とされている。「生ける屍」自体は世界各地で古くからあったものだが、いわゆる「ゾンビ」の生みの親はジョージ・A・ロメロだといってもいい。

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映画『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』(08年、アメリカ)は、ジョージ・A・ロメロの最新作。「ゾンビ」を生み出した『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』から40年。死体がゾンビとなり人間を襲う――というコト自体は変わらないが、社会は大きく変化した。もっとも大きな変化はインターネットだろう。ロメロは新しいゾンビ映画を作るにあたり、この大きな変化を大胆に取り入れた。ストーリーはフェイクドキュメンタリー風に進む。大学でゾンビ映画を作っていた学生たち。そこへ死者が蘇り人間を襲っているというニュースが流れる。学生たちはゾンビから逃げながらもカメラを回し続け、その映像をネットで流していく――。ロメロが伝えたかったのはこういうことだろう。どんなに悲惨なシーンでも、カメラで撮影し、映像で見ることにより、その悲惨さは薄れてしまう。見るかぎりにおいては、それが現実の出来事なのか、映画のワンシーンなのか、見分けることすらできないのだ。悲惨なシーンを冷静に撮影する人々、その映像を冷静に見る人々。そのとき、人間のグロテスクな残虐性があらわになる。ほんとに恐いのは、ゾンビではなく、人間なのではないか。こういう社会的なメッセージをゾンビ映画でやってしまうところにロメロの偉大さがある。ゾンビ映画はまだまだいける――ファンにとっては勇気づけられる作品だろう。ただ、残念ながら映画としてはまったくおもしろくない。ゾンビ映画はまだまだいけるが、ロメロはそろそろダメなようだ。

ライブの日が近づいてきた

約半年ぶりのライブが近づいてきた。今日は最後のスタジオ練習。今回は新曲を4曲も一気にどどーんと演っちゃうわけだけど、これがハッキリ言って練習不足で、今日も最後の最後までコーラスのアレンジを変えたりしてて、このままライブに突入してもいいの?という不安でいっぱい。でも久しぶりのライブだし、新曲もがんばって作ったから、今回はとくにがんばりたいライブなのだ。全員で練習することはできないかもしれないけど、自分のベストを尽くせるように練習して本番に臨みたい。

もはや例外ではない――笠井潔『例外社会』

21世紀とはどんな時代なんだろう。僕なんかは井戸端的に物騒な世の中よねえ――と思う。でもこの物騒というのは、たんに治安が悪化したとか、人々が暴力的になったとかいうのとはちがって、これまでにはなかったような、グロテスクというか、不安をあおるようなものだ。胸騒ぎといったほうがいいかもしれない。たとえば2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロは、当時のブッシュ大統領は「戦争」といったけれど、それまでの国家対国家の戦争とは異なっていたし、まして国の真ん中でいきなり勃発するような戦争なんてそれまでなかった。また同年、大阪府池田市で起きた「附属池田小事件」や、2008年に秋葉原で発生した「秋葉原通り魔事件」も、それまでの事件とは異質な感じを受けたのではないだろうか。僕らはこんな物騒で不安な世の中で暮らしていかなければいけないのか。

例外社会

笠井潔『例外社会』(09年、朝日新聞出版)は、これまでの社会では「例外」として扱っていた事態が常態化した社会を「例外社会」と名づけ、その歴史的な背景から思想的な枠組み、そして日本の格差・貧困問題から世界的なグローバリズム対イスラム革命運動までをダイナミックに論じる大著。「例外社会」は、これまでの社会とはまったく異なる社会だから、20世紀的な見方では捉えることができないし、解決策も見出せない。たとえば日本の非正規雇用やワーキングプアの問題では、「21世紀的な例外社会が直面している、分配と承認をめぐる格差化/貧困化の必然性には、(略)20世紀的な『ゆたかな社会』に戻りたいという願望も、富と貧困の二項対立を前提とした再分配の要求も無力だろう」と断言する。国家のあり方についてもすっかり変わってしまった。「1989年の社会主義の崩壊で、世界は先年王国主義の暴力や悪夢から解放されたという楽天的な主張は、2001年の9.11で根本から覆された」のだ。

第1次大戦以降、われわれの社会にとって必然的な例外状態は、国家が社会化した20世紀的な例外国家(社会の隅々にまで生権力を展開する国家)から、社会の国家化としての21世紀的な例外社会(国家の社会領域からの撤退に応じ、生権力を自生化する社会)に変貌した。「ゆたかな社会」の崩壊以降、社会領域から撤退した国家は、人口を生と死に分割する人種主義的な例外国家を模倣しはじめる。同時に社会それ自体が、監視カメラの事例からも窺われるように、例外状態を構造化するようになる。

僕らはこれまでとはまったくちがう社会を生きている。これまでの見方、考え方、やり方ではダメなのだ。さて、僕らはこの21世紀をどのようにサバイブすればいいのだろうか。

省エネとランナーズハイ

省エネの為にと思ってセラミックファンヒーターを購入して使っていたのだが、エアコンの方が何倍も電気代が安いと知って大ショックを受けた。今日からエアコン生活に切り替え。セラミックファンヒーター、小さいくせに。電気ストーブなんかも、ものによってはエアコンの10倍も電気代がかかるらしい。まあ最近のエアコンは省エネ能力が以前とは比べ物にならないからね。

年末12月からジムに通い始めていたんだけど、新年あけてからようやくちゃんと規則的に通うようになってきた。相変わらずあんまり筋肉痛にもならずぼんやり運動してるんだけど、ちょっとずつ楽しくなってきた。日常生活の中で全く余計なことを考えずに何かに集中している時間っていうのは本当に少ない。仕事をしていてもいつも電話に邪魔されるし、部屋で本を読んだりすることも少なくなった。筋トレをしていても走っていても、何も考えない。いや、ちょっとこの筋肉に効いてるかな?とかは考えるけど、特に走ってるときなんか頭は真っ白。自分の息づかいくらいしか聞こえなくなる。それに最近は30分走り続けるくらいならへっちゃらになった。始めの5分くらいはしんどいんだけど、すぐにエンドルフィンが分泌される。それに最近は分泌されて楽になるのが初めからわかっているから、最初からあまりつらい気持ちにならない。ランナーズハイを満喫している。ただ時間がとられるのが問題。できればウォーミングアップから筋トレ、有酸素運動にクールダウンにお風呂までで1時間ですめばいいのに。今はなんだかんだで2時間半。うーん。

これぞ刑事ドラマ――映画『殺人の追憶』

ひとつまえに観た韓国映画は『シュリ』だったか『JSA』だったか、なんにせよもう10年近く観ていなかった。まあたんなる観ず嫌いなわけだけど、『映画秘宝』で「ゼロ年代ベストテン・ランキング」の1位が韓国映画なら、観ないわけにはいかない。

殺人の追憶 [DVD]

映画『殺人の追憶』(03年、韓国)は、韓国で1986年から91年にかけて実際に起きた連続婦女暴行殺害事件「華城連続殺人事件」をもとに作られた本格刑事ドラマ。監督はポン・ジュノ、出演はソン・ガンホ、キム・サンギョンなど。北京郊外の農村で強姦殺人事件が起こり、地元の刑事たちとソウル市警から派遣された刑事が犯人を追うが――。作品としてはまず、2人の刑事の対立として描かれる。体当たりで捜査し、犯人の自白には拷問も辞さない地元の刑事と、正確なデータと冷静な思考で犯人を探そうとするソウル市警の刑事。ソン・ガンホ演じるだけど、捜査が昏迷の度を深めるにつれ、対立していた2人の立ち位置もしだいにぐらついていく。観ているほうも、はじめは地元警察のバカバカしい捜査を笑っていられるのだけど、だんだん笑えなくなっていく。そこからラストまでは息がつまるほどの緊迫感。こんなに密度の高い刑事ドラマは久しぶりに観た。とにかくおもしろい。日本の刑事物とは段違いのおもしろさ。傑作。おすすめ。

お正月あけ

お正月三が日をフルタイムではないにしろ働いて過ごしたためか、仕事始めの今日も休みボケは全くなかった。こんなことは久しぶり。いいんだかどうなんだか。何となくちょっと寂しい気もする。でも今年は何か少しだけ去年より毎日が前向きなので、うれしい。これもお正月休みの間に、今までたまった疲れやストレスが消えたせいだろうか。やっぱり一緒にいて楽しい人達とゆっくりと時間を過ごしたり、テレビをつけずに部屋でのんびりとした時間を過ごしたりすることが本当に大切なんだと実感した。

昨日仲の良い友達から結婚式の日取りが決まったと報告を受けた。式は親族だけでやるらしいので、せめてお祝いに何か欲しい家電とかない?と聞いたところ、今日圧力鍋かミシンと返事がきた。うーん、しまった。ちょっと予算を言っておくべきだった。圧力鍋やらミシンやらって高いよねえ。ミシンなんて私の欲しいやつ7万円だよ。友達が欲しいって言ってる圧力鍋も定価で4万くらいだし。本人もそんなにするとはしらないんだろうけど。今更ちょっと高いから無理・・・とも言えないしなぁ。お買い得品を探すしかないのかしら。ネットで探すことにしよう。