ライブへのお誘い

今度の3月6日にDNAにてライブがあります。出演バンドはうちをいれて3つか4つということで、まだ決まってないのです。今年2本めのライブがようやくできるのですが、前回のライブの後なんだかちょっとまったりしてしまって反省しきりです。前回来てくれた人も前回来られなかった人も、今までベイビーバギーを見たことが無い人も是非来てください。時間や場所の詳細はリーダーの日記にでています。よろしくね。アマチュアバンドのライブなんて見たことがない!っていう人、是非とも来てみてください。プロのライブとは違って客席全体との一体化!とかが良くも悪くもないので、突然行って浮いちゃうんじゃ?とかいう心配も全くありません。知らない人なんて沢山いるので、ぴゅーっと入ってお酒やジュースやコーヒー飲みながらなんとなーく見て、飽きたらふんふ~んと帰れます。入った途端に「誰だあいつ?」なんて目で注目されることは全くありません。ちなみに今回のDNARockCafeは大きな窓があるので、外からも中の様子がうかがえます。通行人のふりをして前を何往復かしてみて、それから入るかどうか考えてもらうこともできます。そうそう、お車は前に大名そばというお店があるので、そこの駐車場にとめてもらうか、近くのクレインにとめてもらうことになります。駐車場はタダ!なので、一度前に来るだけでも損はありません。割と概観も素敵なライブハウスなので、車をとめて中を偵察しつつ前を何往復かするだけでもちょっとロックな気分にひたることができます。3月6日の夜、鶴来までお散歩しに来ませんか?気が向いたらぜひともドアを開けてご入店ください。お金は払ってね。

お菓子は化学だ。

昔1人暮らしをしていた時のストレス解消法は“みじん切り”だった。会社の帰り夜中の1時からジャスコへ行き、野菜を買って帰って2時3時までひたすらみじん切りをするOL。今自分で思い出しても恐ろしい。もちろんみじん切りにした野菜は煮込んでスープとかにするんだけど、そこにおしゃれ感はまったくない。だって丑三つ時だもん。実家に住んでいた時のストレス解消法は“ただひたすらドライブ”だった。それはドライブなんて素敵なものではなくて、ただただひたすら低速でノンストップでそれも夜中に走り回ることだった。会社帰りただただひたすら走って、気がつくと能登島なんてこともあった。富山から能登をぐるっとノンストップでまわって休憩なしでどこにも寄らず5時間で帰宅とか。トイレすら寄らず一体全体何が楽しいのやら。でも不思議と帰ってくるとスッキリしたんだな。そして、今のストレス解消法は“お菓子を作ること”。元々料理本は好きだけど、本を見ながら料理をすることがほとんどない私は(ご飯を作る時は、とりあえず何でも煮るか炒めることしかしない)お菓子を作ることがあまりない。お菓子の世界は化学の世界と似ていて、分量を正確にはかり、正確な手順で作らなければ成功しないものが多い。まるで試験管で何かを混ぜ合わせるかのように、色んな材料を必要以上に厳密にはかりボールで混ぜ合わせ、そんな必要もないのにオーブンの中から片時も目を離さない。そうしてここ毎日お菓子を作り続けている。アップルパイにかぼちゃのプリンに、今日はビスコッティ。そして毎日全量食べきっている。そしてジムを休んでいる。ああ、明日からもうちょっとがんばろう。色々。それでは残りのビスコッティを食べてきます。

ブラックジョーク化する世界――映画『チーム★アメリカ/ワールドポリス』

【ブラックジョーク】ブラックジョークとは(black joke)とは、社会的に歓迎されない「悪趣味な」ジョークのこと。ジョークの面白さを残しつつネガティブ、グロテスクなどの要素を取り入れたジョーク。(略)一般的にあからさまに話題に出すのはタブーとされる、死・病気・障害・性行為・近親姦・人肉食などをネタにしたものを指すことが多く、聞き手に不快感を与えたり差別的という批判を受けかねないため、公的な場では避けられるのが普通で、内輪受け的な意味合いが強い。

チーム★アメリカ ワールドポリス スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

映画『チーム★アメリカ/ワールドポリス』(04年、アメリカ)は、ブラックジョークという言葉がピッタリな作品。全編にわたってマリオネット(糸繰り人形)が使われ(「サンダーバード」や「ひょっこりひょうたん島」を想起されたい)、CGは一切なし、職人たちの技術とアイディアによって驚くべき映像世界が展開される。監督・脚本は『サウスパーク』を製作したトレイ・パーカーとマット・ストーン。国際警察「チームアメリカ」によりパリに潜むテロリストたちはパリの街もろとも壊滅されたが、北朝鮮の独裁者が大量破壊兵器をテロ組織に売り渡そうとしているという情報をキャッチした彼らは、ブロードウェイ俳優をリクルートし、おとり捜査を実行するが――。チームアメリカによる無茶苦茶な破壊活動、人形同士によるセックスシーン、大量のゲロ、グロテスクな殺人シーン、どう見ても金正日にしか見えない独裁者、ハリウッド映画をコケにしたストーリー展開など、とにかくブラックジョークのオンパレード。演じているのは人形だし、バカバカしい内容なんだけど、見ているうちに、でも現実もこんな感じだよね――と思えてくるのがこの作品のすごいところ。徹底的に「作りもの」なのだが、表現されているのは「リアル」なのだ。おもしろいけど、笑いごとじゃない。映画の力と可能性と感じさせてくれる作品。強くおすすめ。

◆公式サイト http://www.teamamerica.com

少林寺拳法の原点――映画『少林寺拳法』

カンフー映画が好きだ。原点はジャッキー・チェン。テレビで放映される作品を見ながら体を鍛え、カンフーのマネをする。僕らの世代はみんな似たような経験があると思うが、僕は誰よりも影響を受けちゃって、少林寺を習いたい!と母親に懇願し、教室を探してもらったという恥ずかしい過去がある。結局、少林寺拳法の道場はあったにはあったが、家から出ているバスがなかったために、代わりに算盤を習うというわけのわからないことになってしまった。ただ、その頃は「少林寺」と「少林寺拳法」の違いも知らなかったから、道場に行っていたとしても、こんなのカンフーじゃない!とすぐに辞めたかもしれない。

少林寺拳法 [DVD]

映画『少林寺拳法』(75年、日本)は、少林寺拳法の創始者——宗道臣の半生を描いた作品。戦後の混乱期、満州から引き上げてきた宗道臣は、堕落した若者を教育し、荒廃した日本を立ち直らせるべく、各種の拳技を組み合わせた独自の武道——少林寺拳法を立ち上げるが、勢力を拡大しつつあったヤクザとの抗争が起こり——。監督は鈴木則文、出演は千葉真一、志穂美悦子など。少林寺拳法は格闘技というより護身術だというようなイメージがあったが、この作品では暴力として描かれていることに驚いた。バイオレンス映画。『仁義なき戦い』をイメージしてもらえればいい。とにかく力でねじ伏せるのだ。ラストには「正義なき力は暴力なり、力なき正義は無力なり」というメッセージが表示される。少林寺拳法はかつてこんなにも熱い武道だったのだ。宗道臣を演じる千葉真一の演技も熱く、体技もすばらしい。戦後の混乱期を描いた作品としても秀逸。おすすめ。

庶民のためのツイッター活用法

最近テレビや雑誌でもよくツイッターが取り上げられているから、はじめてみたという人も多いのではないだろうか。だけど、なにがおもしろいのかよくわからない――というのがほとんどの人の感想ではないだろう。僕は2年ほど前からアカウントを取得しているが、正直、なにがおもしろいのかよくわからない。いまのところわかったのは、有名人にはとてもおもしろく、有効活用のできるメディアだということだ。たとえば広瀬香美さんが「twitterのみなさーん、いつもお世話になっています。今日は、私からみなさんへ感謝の気持ちを込めて、新曲のプレゼントです。みなさんの為だけに作りました。今日は一緒に楽しみましょう」とつぶやけばみんな聴いてくれるし、水道橋博士さんが「スパムらしいものの削除はどうやればいいのですか?」とつぶやけば、たくさんの親切な人が教えてくれる。いままでは有名人がこういうやってメッセージを直接送り、ダイレクトにレスポンスがあるメディアはなかった。これを知った知った政治家が多く参加するのはあたりまえで、ツイッター上でフレンドたちとコミュニケーションを続けることが、支持者の囲い込みにつながるのである。だけど、これはあくまで有名人だけのことで、もしも僕のような庶民ツイッターで「みなさん、明日はライブだから来てね!」とつぶやいても、電子の海をただよいながら消えてしまうだけで、なんのレスポンスもない。もちろん、有名人のつぶやきを読みたい、メッセージを送りたい、という人には、ツイッターは便利なツールだろう。だけどそういう趣味がなければ、有名人とつながることはたいして魅力的なことではない。友人たちとのコミュニケーションツールと考えるなら、ミクシィやフェイスブックのほうがよっぽど便利だろう。本屋に並ぶツイッターの本では情報収集ツールとしての活用法が書かれていることが多いが、そういうのを書いているのはだいたい物書きやジャーナリストだから、そもそも求めるものが違うのだ。ならば庶民にとってツイッターはまったく魅力のないものなのだろうか。なんとなく最近思うことは、つぶやくことに意味があるのではないか、ということだ。誰をフォローしているとか、誰かにフォローされているとか、そういうことは関係なく、ただつぶやくことに意味がある。僕は以前、ブログを書いていることで、書くことを探すようになった、というようなことを書いた。よくブログをはじめたけど書くことがないという人がいるが、それなら、ブログを書くために書くことを探せばいいのだ。ツイッターも同じことで、つぶやきたいからつぶやくのではなく、つぶやかなければいけない、と考える。そうすると、日常生活の中で、いろんなことを「言語化」しなければいけなくなるのだ。しかも、たんに言葉にするだけだとつまらない。ちょっとヒネる。たとえば「ファミレスで日替わりランチを食べた。おいしかった。」とつぶやくのではなく、「ファミレスで日替わりランチを食べた。昨日と同じおかずだった。これでは日替わらないランチだ。」みたいにヒネるのだ。こうすることによって、考えることがクセになる。つぶやくことを探すようになる。だから、ツイッターはこれ自体がおもしろいものではない。自分で勝手に楽しむものなのだ。

無料ってなんなんだろう――クリス・アンダーソン『フリー』

「無料」ということの意味がよくわからなくなっている。たとえば音楽ならこれまではレコードやCDを買って聴いていたものが、いまではネットで無料で聴くことができるし、グーグルをはじめとするWEBサービスは驚くほど高機能なものを無料で利用することができるし、スカイプなどは無料で通信することができる。だけど、すべての音楽やWEBサービス、通信が無料になったのかというとまったくそうではなく、高額のものも一方ではあるのだ。このとき〈無料のカラクリ〉がわかるのであれば、まだ理解できる。Googleなどは他の広告収入で成り立っているのだなということは想像できる。だけど、どうしてこれが無料なのだろう?と首をひねらざるをえないものもある。いったい「無料」ってなんなんだろう。

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略

クリス・アンダーソン『フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(09年、日本放送出版協会 )は、タイトルのとおり「無料」についての本。無料っなんなんだろう?という疑問には、まずこのように答えてくれる。「21世紀のフリーは20世紀のそれとは違う。アトム(原子)からビット(情報)に移行するどこかで、私たちが理解していたはずの現象も変質したのだ。『フリー』は言葉の意味そのままに『無料で自由』であることになった」。なるほど、つまりいまは「フリー」の意味が移行しつつあるのだ。わからなくなるのもムリはない。新しいフリーのビジネスモデルを、著者は大きく4つに分類する。「(1)直接的内部相互補助」「(2)三者間市場」「(3)フリーミアム」「(4)非貨幣市場」の4つだ。(1)はたとえば街頭で無料の試供品を配り、そのコストを広告費として商品の価格に上乗せされるようなやり方。(2)はたとえばテレビ番組の制作費をCMのスポンサーが負担しているようなやり方。(3)は一部の有料ユーザーが、その他の無料ユーザーのコストを負担するようなやり方。(4)はボランティアなど市場原理とは離れたもので、ウィキペディアなどをイメージしてもらえればいい。ようするに、どうしてこれが無料なのだろう?と首をひねるものも、結局は〈無料のカラクリ〉が見えにくくなっているだけで、多くの場合は無料ではないのだ。で、これを可能にしたのが、つまりはインターネットなどの情報技術なのである。こういう世の中の変化を考えずに、たんに「無料だから」という理由で行動していては、場合によっては合理的ではないこともあるということだ。フリーの変化は価値観の変化でもあるのだろう。強くおすすめ。

メトロノームは電子音楽の夢を見るか

タイトルにとくに意味はない。定例のスタジオ練習。前回はリズム隊だけでメトロノームに合わせて練習したので、今回も引き続きメトロノームくんに参加してもらった。ドラマーならわかると思うが、ふだんクリックを聞く習慣がないと、それに合わせて叩くのはなかなか難しい。バンドで演奏するときはドラマーだけがヘッドホンでクリックを聞くので責任重大。ちょっとズレたと思って帳尻を合わせようとすると余計にグダグダになってしまったり、クリックに集中するあまりグルーヴ感のまったくないのっぺりとしたリズムになってしまったりするのだ。まして慣れない新曲。案の定、苦笑いの演奏になってしまった。昔よりはリズムキープはできるようになってきたのだけど、曲の起承転結においてスポード感を出したいところで実際に速くなっちゃうのだ。まあ、1曲を通してテンポは一定でなければならないというルールがあるわけではないが、スピード感は実際の速度ではなく体感速度で出すべきなのだろう。しばらくはメトロノームと一緒に練習していきたい。

映画の予算とおもしろさ――映画『テープ』

上映中の映画『アバター』を観て、これまでとはまったく違う映像世界に「映画が変わった!」と感じた人は多いだろう。たしかに『アバター』は映画史においてメルクマールとなる作品だが、今後の作品がみんなこうなるわけではもちろんない。表現方法が違うとか技術レヴェルが高いとかいうそのまえに、投入したコストが桁違いなのだ。構想14年、製作期間4年、制作費2億7300万ドル。ふつうの作品でこれだけのコストはかけられないだろう。マネーをつぎ込んでいい作品ができるのはあたりまえだ——そういう意見もあるかもしれない。たしかにそういう側面もある。もしこの作品が従来の2D作品だったら、これほどまで話題になることはなかっただろう。だけど、誰でもこれだけお金をかければおもしろい作品が作れるというわけでもない。まあ、凡庸な話で申し訳ないが、ようは監督次第ということだ。

テープ [DVD]

映画『テープ』(01年、アメリカ)は、リハーサル3週間、撮影1週間、登場人物はたったの3人、舞台はモーテルの一室——という驚くほど手軽に作られた作品。制作費の情報は見つけられなかったが、出演者のギャラをのぞけば超低コストだろう。監督はリチャード・リンクレイター、脚本・原作はステファン・ベルバー、出演はイーサン・ホーク、ロバート・ショーン・レナード、ユマ・サーマン。モーテルの一室でふたりの男がハイスクール時代の三角関係のことでモメ、そこにその女がやってきて――。設定もストーリーもいたってシンプル。ただ男女3人の会話だけで展開されていく。前半は男だけでダラダラしている感があるが、後半、女がやってきてから一気に緊張感がアップ。言った/言わない、やった/やらないのくだらない口論なのだが、3人の心情がひしひしと伝わってくる。まさに映画の醍醐味。近年の大作ブームに一石を投じる作品だろう。ユマ・サーマンの演技も見どころ。おすすめ。

新曲ができない。

私も今年こそは新曲を!と色んなアーティストの曲を聴いている。もちろんちょっとずつパクってこようと思って。でへへ。昨日久々にメタリカのDVDを見た。もちろんけっこうパクッちゃえと思って。ぐへへ。でもだめだった。なんかちょっと違うんだよなぁ。世界のメタリカ様に向かって違うとは恐れ多い言い草だが、以前はあんなのがやりたいなぁと思ってたんだけど最近はちょっと自分の中のイメージが変ってきてるようだ。自分のやりたい音楽を作るのは難しい。そして1曲にするのは難しい。そしてギターが弾けないのはつらい。音楽ソフトを使って打ち込もう!と思うんだけど、ベースなんて単音だからなんとでもなるけど、ギターをイメージ通りいれるのなんてほぼ不可能。ましてやコードもわからないし、エフェクターもよくわからない。メロディだけなら鍵盤で弾いていれればいいんだろうけど、それだと全然イメージが伝わらないし・・・と挫折する。なんかいい方法ないかなぁ。ヤマハにギターを習いに行くとか。そんなことしてたら新曲できるの5年くらい先になってしまう・・・。

ライブでした。

先週末30日の土曜日、久々のライブがありました。来てくれた皆さん、本当にありがとう。そんなつもりじゃなかったのに、偶然にもベイビーバギーの曲を聴くことになった沢山の人達にも本当にお礼を言いたい。ありがとう。

いたるくんがらせん以外のバンドを卒業して、1本にしぼって活動していくということもあり、いたるくんが風邪気味だけど一生懸命だということもあり、自分がライブに出るのが本当に久しぶりだということもあり、なんかちょっとジーンときました。ベイビーバギー自体は新曲を4曲も披露したので、ノリノリ!というよりはお客さんは冷静に聞いていたんじゃないかと思いますが(いつもノリノリでもないか・・・。)、この4曲の中から1曲でもお客さんの耳に残って愛される曲がでてきたらいいなぁと思います。

ライブ終了後、「恭子さんだけなんか余裕~みたいにニコニコしながらフンフ~ンって弾いてましたね」みたいなことを言われた。「リハ沢山やったから余裕があったんだよ」みたいなことを言ったんだけど、私がニコニコしてるのは、余裕があるというよりは、楽しいから!ロッカーにあるまじきほのぼの感を醸し出していることに反省はしてるんだけど、我ながらキモイけどライブ中楽しくて楽しくてにやけることが間々ある。ライブ中だけじゃなくてスタジオでもそうだけど、スタジオでは満面の笑みだろうと眉をひそめて陶酔しようとあまり気づかれていない。と思っている。こんなコワッパが!と思うんだけど、自分達の音に酔うことがある。楽しくてしょうがない。こう湧き出てくる楽しさね。ドライブ感、とか言ったら笑われそうだけど、自己陶酔型で自分達が大好きなナルシスト型でコワッパ型の自分だからこそ味わえる幸せの瞬間だと思います。まあ結論からいうと、楽しかったんだ。音楽はいいね。そして是非プレイヤー側になってみることをおすすめします。超楽しいから。