死について

大げさなタイトルだが、最近生きてるってなんだろうとか死んでるってどういうことだろうとかって考える機会が多い。お葬式に行ったり、テレビ番組を見たりして。生きてるってことはただ息をしているってことじゃなくて、どれだけ中身のつまった生き方をしてるかってことだと、前になんかのテレビで誰かがいっていた。でも最近そうじゃない気がするんだよねえ。それはなぜかって、実家に帰って毎日おじいちゃんと接するようになったから。昔はもちろん一緒に住んでいたんだけど、しばらく一人暮らしをしていたので、おじいちゃんとまた住むのは5年ほどぶりだ。おじいちゃんはこの3月で97歳になった。ほんと、すげぇ!って感じだよ。頭はまだまだしっかりしている。でも一日の半分以上を寝てすごしている。足腰はあまりよくないから、50m以上歩く必要があるときは車椅子を持っていくし、トイレに行くのに30分くらいかかる。でも、おじいちゃんは毎日朝起きてご飯を食べて昼寝してご飯食べてちょっと椅子に座ってみたりして、晩御飯食べて寝るだけだけど、それでも毎日生きている。おじいちゃんは生きているだけですげぇ!って感じなんだよね。生きているだけで偉いんだよ。私絶対すっごいがんばっても97年も生きられないし、97年生きてるってことは97年間の毎日を体験してるってことで、ほんとに気が遠くなるよ。それにしても97歳の祖父母を持った人にしかわからないと思うんだけど、毎日ちょっとドキドキします。自営業だから事務所で仕事をしていて、茶の間にもどってくるとおじいちゃんがこたつで寝ている。・・・生きてる?息をして体が動くまでじーっと見てしまいます。ほんと、動かないからさぁ。死んでるんじゃないかと思うんだよねぇ。なにせ97歳だからさ。で、息を吸い込む音がしておじいちゃんの体が動くと、“お、生きとる生きとる。”と安心してトイレに行ったりするんだよね。普通に若いおじいちゃんおばあちゃんを持つ人が聞くとなんと冷たいと思われそうだけど、ほんとねえ、ほんと、いつ死んでもおかしくない年齢だからさ。おじいちゃんのおにいちゃんは102歳までいたので、まだ元気でいてくれるとは思うものの、ドキドキする毎日です。

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