野党らしい民主党

中山国土交通相の「ごね得」および「単一民族」発言で、民主党は罷免要求するらしい。大臣として相応しくないのはたしかだが、この時期、こういう野党らしいことは控えたらどうか。こういう記事が出るだけで、いかにも野党というイメージを与えてしまう。民主党はこういうのは本当にダメだ。

文学界 2008年 10月号 [雑誌]

僕は幼いころのことをほとんど覚えていない。覚えていたとしても断片的なシーンでしかなく、それがある程度しっかりとした記憶になるのは、小学校の6年からだ。それ以前となると3歳でも10歳でも変わらない。個人差はあると思うが、これはかなり遅いほうだろう。だから、小学校の同級生と会って昔話をしたりすると、僕がしたこと、言ったことを、僕以上に覚えているという事態になる。これは由々しきことだ。中村文則「月の下の子供」(「文学界」10月号)は、「赤子」のときの記憶からはじまる。

僕は、これまでに幾度か、幽霊を見た。
始まりは、タオルに包まれ、ある施設の裏口で寝ていた時のことだった。だがこれは当時の記憶というより、後になって記憶として、少しずつ、僕の中に根を張ったものだった。ぼんやりしているとはいえ、まだ赤子だった自分にこのような記憶があること自体、考えにくいことだった。

たとえそれが本当の記憶ではなかったとしても、重要なのは、それは自分の記憶だという確信ではないか。あのときお前は××××って言ってたよな――と、まったく覚えのないことを言われたときの不安感はたまったもんじゃない。それが事実だろうと嘘だろうと間違いだろうと、当人にもかかわらず解らないのだから。たとえ「後になって」でも、「根を張ったもの」であればいい。物語はこのあと、幾度か見たという「幽霊」の記憶が綴られていく。中村文則は2005年に「土の中の子供」で芥川賞を受賞。本作とタイトルが似ているから関連があるのかもしれないが、「土の中~」は未読なので解らない。文章がうまい人だと思った。物語としてはラストが凡庸すぎる。こういう話なんだから、着地のことは考えなくてもいいんじゃないかな。

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